どぶろくと濁り酒の違いについて調べてみた
毎年3月初旬の土日に、秦野市ではどぶろく祭りというイベントが行われる。今年で15回目を迎えるこの催し、四十八瀬川自然村というNPO法人が主催するもので、秦野市沼代の御嶽神社、それから秦野駅前のまほろば大橋、それから渋沢駅北口広場と3会場で"どぶろく(濁り酒)"の無料振舞いが行われる。
"どぶろく(濁り酒)"という表記は一体何?
"どぶろく(濁り酒)"と表記したのは、決して読者のことを見くびって、「こいつらどうせどぶろくの存在も知らないだろう。濁り酒のことだよ。この機会に無い脳味噌に刻み付けろYO!」と思ったからではない。どぶろく祭りの開催を報じる記事や観光協会の紹介で必ずこのような表現が使われているからだ。そして調べてみると、どうやらどぶろくと濁り酒というのは本来別物であり、しかしながら一般的に"濁り酒まつり"と銘打つより"どぶろく祭り"とした方が認知され易いだろうとの理由で、どぶろく祭りとなっているようである。
では、"どぶろく"と"濁り酒"の違いとは?
すると気になるのは、"どぶろく"と"濁り酒"の違いであろう。この2つの酒の違い、酒米に麹を加えて発酵させた後に出来た液体を、漉しているかいないかの違いであるという。どぶろくの場合は無濾過で、米の塊がそのまま液体に入った状態で完成である。そして濁り酒であるが、酒税法上の区分では一度でも漉しているから清酒の扱いになる。漉した結果透き通った液体になった場合でも、粗めに漉して米の塊が少し残っていた場合でも、等しく清酒である。少し前のエントリで金井酒造店の白笹つづみにごり酒を呑んだレポを書いたけれども、確かにラベルには清酒と表記がされていた。
酒税法上での細かい違い
濁り酒については"清酒"の区分となり、かかる酒税は従量課税で1klあたり120,000円となっている。そして蒸留酒等と異なり、アルコール度数による加算額は無い。また、醸造規模が小さい場合(醸造者の前年課税移出数量が1300kl以内)には、当年の200kl分まで課税額が10〜20%割り引かれる。そして、東日本大震災でダメージを受けた醸造者はさらに6.25%の軽減がある。
どぶろくの区分は"その他の醸造酒"であり、ラベルでは"濁酒"と記載される(ややこしい)。酒税は従量課税で1klあたり140,000円となる。アルコール度数による加算額が無いのは同じ。
その他細かい違い
清酒の場合には、清酒の製法品質表示基準があるので、たとえば製造年月をラベルに記載しなければならない等の規則がある。その他の醸造酒であるどぶろくの場合にはこの規則が適用されない。ちなみに、賞味期限の表示義務は清酒であろうとなかろうと無い。
どぶろくは誰が醸造できるのか
秦野どぶろく祭りで振る舞われる『秦野てんてこまい』のように日本酒蔵に醸造を委託する場合は、かかる酒税を考慮すると濁り酒(清酒)として製品化した方が得であろう。また、程度に関わらず一度でも漉してしまうと清酒の扱いになるため(上澄みを取るのもアウトである)、取り回し等を考えてもどぶろく(その他の醸造酒)カテゴリにこだわる必要性は無い。カテゴリの違う酒を醸造する場合、新たな製造免許の取得が必要となるということも、日本酒蔵のどぶろくが清酒カテゴリに収まりがちな理由のひとつだろう。
それではどぶろくカテゴリの必要性がどこにあるのかというと、日本酒蔵のような醸造規模を持たない個人や団体が醸造を行う場合である。酒類製造免許の取得要件には、年間の醸造量が(免許の種類にもよるが)最低6kl(約3326升)以上であるというものがあり、これは勿論、個人の醸造規模を大幅に超えている。免許を付与されることなく勝手にどぶろくを醸造してしまえば個人の愉しみの範囲でもアウトである(そしてその法律的根拠は、お上が酒税を取り損ねるからというもののみである。過去にはその妥当性が裁判で問われたこともあった)のだが、醸造を行う地域がどぶろく特区に指定されている場合には、その地域内でその他の醸造酒製造免許を取得するのに最低醸造量の規定が撤廃される。
個人・団体のどぶろく醸造のためのハードル
勿論、その他の醸造酒製造免許取得のための醸造量以外の要件は満たしていないといけない。具体的には、申請者に国税・地方税の滞納歴が無いことや、醸造に必要な設備が揃っていること、そして醸造場所が適当であること等々。
また、加えてどぶろく特区の特例による酒類製造免許取得の場合には制限が追加される。農業者が自ら作った米を原料として醸造するどぶろくを、特区内でのみ製造・提供できるというのが原則。米以外の原料については自家製でなくても問題ないが、どぶろくの製造であるので絶対に漉してはならない。
結論:どぶろくと濁り酒に味の違いはない
以上のことを鑑みると、どぶろくと濁り酒の違いというのは原料や発酵方法の違いなどではなく、酒税法上の区分や酒類製造免許の許可区分の差である。なにしろどぶろくをそのままの状態でなく少し漉したり上澄みをすくったりするだけで、カテゴリーが変わってしまうのだから。
大型酒販店に行くと、どぶろくを模した濁り酒製品が棚に並んでいることもあるが、それらが酒税法上"清酒"と表記されているからといって、「この製品は本格的などぶろくじゃないなぁ」と決めつけるのは間違っている。まず本質はそこではないことを頭に入れないといけない。
ただその上で、酒造メーカー各社が色々工夫をして市販品にどぶろくを再現しようとしていることも、併せて見てみると面白い。先程酒造メーカーが清酒カテゴリ以外で濁り酒を出す必要性があまり無いと書いたけれども、そのことを逆手に取ってあえて"濁酒"表示の製品を出すことで、他社製品は本格的ではなく、うちこそが本当のどぶろくを作っている!と差別化を図ることもできるわけである。第三のビールと同じく、酒税法区分に振り回されているきらいがあるけれども。
余談:同じにごり酒でもカテゴリは様々
各メーカーそれぞれ、何を優先しているかが垣間見えて面白いかも。
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コンビニでも見かける、菊水の五郎八。カテゴリはリキュール!アルコール度数の問題(22度以上の場合リキュール)ではないので、添加物が半分以上を占めるのでしょう。 -
同じ国盛のこちらもまあまあ見かける。カテゴリはその他の醸造酒(ラベル表示は濁酒)。 -
こちらは製造段階で火入れをしていない製品。したがって発酵が現在進行中であり、開栓時に吹き出す可能性あり。カテゴリはその他の醸造酒(ラベル表示は濁酒)。
どぶろく特区についても調べてみて面白かったので、そちらも次の機会にまとめようと思う。